第19話

聖女ヘレンケラー

 

わたしが精神生活の中で、最も影響を受けた人は聖女ヘレンケラーでした。
昭和12年6月、聖女ヘレンケラーが来秋し、県記念館で「沈黙と闇を破りて」というお話をしてくださいました。
私は今までにない身の震えるような感動に包まれ、涙が止まりませんでした。

生後19ケ月で「盲」「耳」「唖」の三重苦におちいったヘレンは、7歳のとき、アン・マンスフィルド・サリヴァンという二十歳の女教師から特異な教育を受けるんですね。

サリヴァンは初対面のヘレンに、「人形」を与えますと、彼女は大喜び、それを抱くのですが、こんどはサリヴァンは、その「人形」を取り返して、ヘレンの手のひらに「DOLL」と指で書くのです。
彼女は妙な顔をするのです。
彼女の手のひらに書かれたそれが、文字であることを彼女知らないからです。
サリヴァンはもう一度、「人形」を抱かせ、それをとりあげ、彼女の手のひらに指で
「DOLL」と書くと、こんどは、彼女もそれを真似て、サリヴァンの手のひらに「DOLL」と書く。
こうして一つ一つ文字を覚え成長して行く彼女の姿に、涙が止まりませんでした。

五体満足な自分が、ほんとうに貧しく見えました。
昭和12年と申しますと、あの盧溝橋事件がおき、「銃後」という言葉が流行語になった年でございます。
何でも前線の「兵隊さんを思って生活せよ」といわれ、生活必需品が不足し、公定価格が決められて、物資は闇(ヤミ)に流れ、手に入りにくくなっていたのでございます。

戦争の匂いが漂う中、どんなことが起ころうとも、ヘレンケラーを思い出せば、一つの技術をやりとげられないことはないと発奮してきました。
戦争中もどれほど心の支えになったか知りません。
いまでもあの日の「涙の感動」は忘れることができないのです。  

 

前のページへ

目次ページへ戻る

次のページへ