第6話

読書乱読時代

叔父は、出版関係の仕事をしていたので、書籍が一杯でした。
その整理はわたしがやりました。読書のおもしろさを知ったのもこの頃です。
古典文学、西洋文学集、明治大正文学と手当りしだいに乱読しました。
川端龍子さんや渡辺与平さんのお二人も、まだお若くて、雑誌の挿絵を書いておられた時代です。
川端画伯や渡辺さんも印象に残っている方です。

当時、早稲田の文学部では、新劇が盛んで、時々観にいきました。
ロシア革命の演劇で追われるものと、捕らえるものが、同じふるさとであることを知り、そして逃れる場面などは物凄く印象的で、いまでもはっきり覚えています。

また、丸の内には、外国風の帝国劇場があって、森律子、田村嘉久子、河村菊枝、初瀬浪子らはその一期生で、俳優では先代、先々代の宗十郎、宗之助、梅幸、幸四郎など出演していました。

叔父が律子の「鶴の会」、菊枝の「菊見会」のメンバーだったので、切符が入りますとよく叔父といっしょに行ったものです。前の晩などは、眠れないほど興奮したことを覚えています。なにしろ
「今日は三越、明日は帝劇」
と謳われたくらい、最高の社交場であったからでございます。
「両国といふ相撲恋して春浅し」
「両国に紫のきもの着せてみむ」
こんな句を作った作家の田村俊子さんは、美人で時々、叔父をたずねてきました。大の相撲ファンでしたが、何となく好意のもてるお人で、お茶やお菓子を出すのが楽しみでした。

10数年前、あるところで、その俊子さんが田村松魚さんへ出した、激しい恋文を見せられたことがございます。
明治女の執念、純粋で美しく、そして激しく燃える心情を、毛筆で書きつづられていました。
同じ女性として心が震えるような感動を覚えたものでございます。

 

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